皇居東御苑が一般に公開されるようになりました。
東御苑は江戸時代
江戸城本丸御殿があった場所です。
今回は画像ばかり(^_^;)
大名旗本など
江戸城へ登城の際は
この門より入城しました。
曜日限定で一般公開されてます。
外国人が90%以上です。
詳しくは宮内庁のホームページで。
入場に当たっては
手荷物検査がこの派出所の
警官によって行われます。
手荷物検査が終わって中にはいると
目の前に大手門が。
大手門です。
ここをくぐると入園票を受け取って
中に進みます。
入園票。
裏は英語記述です。
この入園票は出るときに
返さなければならないので
大事に保管します。
苑内は覆面パトカーを
よく見かけます。
皇宮警察になるのかな?
江戸城全図。
東御苑内はとても自然豊か。
自然観察会も催されています。
ちょっと参加してみたかったです。
同心番所。詳しくは下の写真で。
ここで御三家以外の大名は
乗り物を降りて徒歩で本丸に向かいました。
お供の衆もここまでです。
なだらかな坂を進みます。
百人番所。
詳しくは上の写真で。
伊賀、甲賀、根来と忍者で有名ですね。
江戸城の石垣が展示されてます。
江戸城の鳥瞰図。
大番所。
同心番所、百人番所と
三つ目の検問所。
幕臣の中でもくらいの高いものが詰めていた。
江戸城の最重要防衛施設ですね。
江戸城本丸御殿跡。
すっかり広場になってます。
午砲台とは報時のための
空砲を撃つ砲台のことで
半ドンもここから来た言葉のようです。
天守台。
かつて江戸城にも天守閣があったのですが
火事で焼失し以後再建されませんでした。
天守閣は江戸時代になると
無用の長物で、物置になっていたそうです。
天守閣のない城はたくさんあります。
現代人はお城=天守閣って思っているようですが
お城で一番大事なのは本丸御殿です。
天守台の上から。
この上に天守閣があったら
さぞかしいい眺めだったのでしょう。
富士見多聞。
防御施設です。
長屋形式で城壁より堅固な作りだったようで
江戸城で現存するのはこの富士見多聞だけです。
浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に
及んだところです。
浅野内匠頭は即日切腹。
赤穂浪士の討ち入りにつながりました。
浅野内匠頭は大手門から登城し
不浄門からのお帰りとなりました。
富士見櫓は天守閣焼失後
天守閣の代用とされました。
隅っこの方に
ひっそりと佇んでました。
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